2022年6月9日木曜日

電気が不足するからといって、原発など再稼働する必要は全く無い。大量休止した石油火力発電を再稼働すれば済むことだ。

 6月8日(水)のNHK 朝イチおける、水野 唯氏による説明でも、6月9日(木)の朝日新聞 社説によっても、電気が不足する理由を、次のように説明している。太陽光発電が増加し、その変動調整のために火力の稼働率が低下し採算が悪化し止めたからだと。そう、確かに、東電と中部電力の火力発電部門を吸収統合したJERAは、15基、1,000万kw有った石油火力発電所を2020年4月までに全て休止した。原発10基分に相当し、いまだに1基も再稼働していない。再稼働したのはLNGの姉が崎火力だけだ。JERAは全ての石油火力発電を休止した理由を「太陽光発電に押されて石油火力発電の収益性が下がったから止めた」と説明している。「押されて」とは、稼働率低下と同様な意味だろう。太陽光発電のせいにされている。しかし、これら15基の石油火力発電所は減価償却年数の15年をとっくに経過し固定費は発生しない。従って、太陽光発電の変動を調整する電源の設備利用率(稼働率)低下にかかるコストは、ほぼゼロである。

 簡単に太陽光発電の調整コストについて説明したい。需給が一致して火力発電だけで電気供給している時、急に陽が照り出し太陽光発電の電気が加わったとしよう。それに合わせて火力発電は同量の電気を、燃料フィードを落として減らす。火力の電気は太陽光電気に置き換わり、その分、火力の燃料費、則ち変動費(=可変費)が無くなる。調整にかかるコストは燃料を減らした時の固定費だけだ。変動電源調整のための、火力発電の設備利用率(稼働率)低下のコストと言われるものだ。調整火力電源の、それ以外の固定費と可変費は、元々の火力発電自体のコストであり、太陽光発電とは無関係だ。太陽光発電の調整に掛かるコストは、大きくは火力発電の固定費だけである。この固定費の一部が回収出来なくなるコストが稼働率の低下するコストである。

減価償却を終わり、殆ど固定費の発生しない高経年の石油火力発電所なので、可変費は前述の通り掛らないので、殆ど只で太陽光発電の調整に石油火力発電を使える。

石油火力を休止した理由は、太陽光発電の導入を難しくするためと、原発再稼働必要論醸成のためである。原発と太陽光発電は相互排他である。ひとえに、原発再稼働のためである。6月9日、JERAに確認すると、石油火力発電を再開しないということでなく、需給逼迫に備えて、LNG火力から順に再稼働していくということである。原発を再稼働する理由がない。


 石油がLNGより燃料コストやCO2排出が高い難をいうなら、多数の石油火力発電を最低限の石油燃料で、太陽光発電の調整の時の出力だけに備えて、待機運転しておく方法が有る。そうすれば、石油燃料をミニマムに抑えながら、太陽光発電の変動の調整幅を大きく取れ、太陽光発電が導入にし易くなる。使いきれない電気が出力抑制されたり、揚水発電に蓄電し切れず捨てられたりすることが最小限に抑えられる。電力需給逼迫は無くなる。一定発電しか出来ない原発のベースロードの下駄が、太陽光発電の調整幅を狭めている。その上、太陽光電気は余れば、その場で捨てられるが、原発電気の夜余る電気は、少なくとも送配電費用を回収する低料金で買われる。最悪、余っても、必ず揚水発電に蓄電され捨てられることは無い。需給の下駄を最小化し、太陽光発電の変動幅を最大化し、太陽光発電の導入を加速する。ピーク時の抑制は、あまり気にせず、導入を拡大することだ。単体でも過積載として既にやっていることだ。

 

2022年3月18日金曜日

東海第二原発いらない一斉行動 第三波を東海村で行なって来ました。

 私は、時々ですが、メッセージを書いた看板を掲げて原発反対のアピールをしています。一斉行動には同じスタイルで一人で参加させて貰っています。一波、二波は神奈川県の地元でやりましたが、3月5日、今回は、東海村でやろうと思い立ち、青春18切符を買って、普通列車で行って来ました。3時から2時間ほど、駅東口の東海村産業・情報プラザの入り口脇に、看板を掲げ、「女の子(愛称)」と「水戸地裁判決」のビラのセットを「自由にお取り下さい」と書いた台に置いて、横に座りました。

 今年の一月中旬頃、同じ場所でやった時のことです。偶々、東海村議会の議員の方から、「横浜から来たんですか。ご苦労さん」と声を掛けられ、お話を聞けました。「村民の反対の率は7割ぐらいで関東と変わりませんよ。村民の間で話題にしにくい。ビラの受け取りは関東よりも遥かに良いでしょ。」と言われました。ビラの受け取りは、その通りでした。私が、「そうなら、村議会は、何故、賛成議員が過半数なんですか。」と聞くと、「原発の方針を明らかにせず、当選している。」と言われました。

 今回に戻ります。座っていると、5、6人の大学生ぐらいの一団が、看板を振り返っているので、全員にビラを手渡しました。そのビラを一人一人が立ち止まって、皆、食い入るように見てくれました。私は、その様子を見て思いました。家庭でも仲間ともあまり話題に出ない、自分達の村にある原発を、今、消費地の関東の人々が、どう見て、どう思って、反対運動をどうしているか、を強く知りたいのではないかなと。

 東海村議会は、今、日本原電も理事に入る商工会が出した請願を、通すところまで来ています。請願の内容は、ありていに言えば、村内の経済のために、稼働する時に必要になる避難計画を、内容はいい加減にして、とにかく早く作ってくれというものです。村民に説明どころか、知らせないで進めています。東海村は距離と同じく住民の思いも、構成的に消費地の人に一番近い原発立地自治体ではないでしょうか。次回は、配るビラは今回と同じで良い、看板のメッセージは、何をどう訴えるか、車中で考えながら、横浜に帰って来ました。


2021年11月28日日曜日

東海第二原発に反対する関東圏の人は、東海第二原発周辺市村の反対派と一緒に集まり、「私は原発稼働のために避難はしたくない」とストをしよう。

 東海第二原発の再稼働については、周辺市村の意思が強く及びます。水戸地裁は福島のような過酷事故を起こす。放射能からの避難は不可能だと言って運転禁止の判決を下しました。事故の際に同じ被害者になるであろう横浜に住む私は、東海第二の周辺市村に再稼働を賛成されたら堪りません。

 私たちは福島で、原発の事故避難がどんなに悲惨なものかよく知りました。原発の深層防護に第五層があり、原発の稼働のために避難を強いられることは、原発無くとも電気が足りている、また、カーボンニュートラル達成が何年か遅れるが出来ないわけでない中、人権侵害で憲法違反です。

 私のように堪らないと思う関東圏に住む人と、周辺市村の反対派が一緒に集まり「原発電気は要らない、私は原発稼働のために避難はしたくない」と宣言しストをするのがいいと思います。政府と自治体は、このような人々を弾圧することも、「避難計画策定済み」とすることも出来ません。こう叫ぶことで、原発稼働が如何に人権侵害で憲法違反なものか分かり易くすると同時に、水戸地裁判決を強固にします。


2021年10月24日日曜日

第6次エネルギー基本計画の電源構成は間違いである。グレタさんは放射能を出してまでCO2を出すなとは言っていない。

  第6次エネルギー基本計画の2030年電源構成は大まかに四つのエネルギーに丸められる。「原発が2割、再エネが4割、石炭が2割、LNGが2割」。本来、計画とは目指すべき目標を立てるものである。そうなっていないから、この電源構成は間違いである。今回の電源構成を決める要因は四つある。

 一つ目は、「原発は可能な限り減らしたい」、

 二つ目は、「再エネは最大限導入したい。4割から更に高みを目指せる」、

 三つ目は、「石炭は減らさなければばらない」、

 四つ目は、「2050年カーボンニュートラルを実現したい」。

この四つの要因の解となる電源構成は、「原発ゼロ(2割減)、再エネ5割(1増増)、石炭ゼロ(2割減)、石油1割(1割増)、LNG4割(2割増)」である。

 基本計画は、一つ目と四つ目の要因が著しく相反すると言う。四つ目を立て、相反する一つ目を下ろす解を出したが、間違いだ。何故なら、一つ目の方が四つ目の要因より目指す重さが大だからだ。放射能の方が、CO2よりも環境に遥かに悪い。環境適合性だけでなく、安全性でもだ。カーボンニュートラル達成は下ろさなくとも2060年に延ばせば良い。そして、原発ゼロの電源構成を設定するのが正解である。福島事故の放射能の環境処理は、現に、こんなに困っている。原発をやめるためにカーボンニュートラルの実現時期が遅れて、日本を、どこの国が非難出来ようか。中国は2060年だ。グレタさんも、放射能を出してまでCO2を出すなとは言っていない。電源構成決定の要因に、もう一つ有る。「国民一人ひとりの省エネが肝要」。正解の電源構成は、その達成に、国民が意欲と責任を持って、即ち政府の言う「自分ごととして」目指せられる計画である。


2021年8月14日土曜日

第6次エネルギー基本計画案が8月4日に公表され、9月3日からパブリックコメントが募集開始され10月4日の締め切りが近づいています。計画案の、おかしな点を13箇所、指摘します。

 エネルギー基本計画は別に行われた「発電コスト検証ワーキンググループ」の報告と一体のものです。その内容について、次の点が、おかしいと思いませんか。

1.原発は安全だと言いながら、福島級の過酷事故を起こすことを想定していること。

 これは、原発の深層防護の第5層を設け、原発が過酷事故を起こし人間に被曝と避難を強要すことと整合する。3.11後、いつの間にか、原発の方が人間の上位に立っている。

 基本計画は、2000炉・年に一回、つまり、50基の原発が40年稼働して、その間に一基が福島級過酷事故を起こすという想定。 2000炉年とは、放射能の半減期に比べれば、如何に短いことか。 放射能を次々と地球上に堆積していくようなもの。今生きている我々だって、福島だけではない。沖合巨大地震も近づいている折り、11年も止まっていた後、再稼働したら発電開始から直ぐ44年に達し、事故率が抜きん出て高い東海第二原発こそが、さしずめ、計画が想定している福島級過酷事故を起こす原発の第一号なのだろう。

 なお、本文では「事故を二度と起こさない」とも述べている。だから、安全を丸投げした原子力規制委員会に避難計画のチェックを要求しない。政府と規制委が同床異夢であることを放置し、国民に悟らせない。

2.「脱炭素」の前に、より深刻な「脱放射能」が有ったことを、すっかり忘れ、「脱炭素」を「脱放射能」の先に立てる「物事の軽重の転倒」。

3.「規制基準への適合を審査するのであって、”安全”と判定するのではない」と、自ら言う原子力規制委員会に、原発の再稼働如何の帰趨を丸投げしていること。規制意は第5層のチェックさえしない。 

4.原子力規制委員会に委ねたはずの原発再稼働が決まったかの如く、プルサーマル運転でプルトニウムを消化するための原発の再稼働を必須とする核燃料サイクルを、脈絡もなく唐突にやると決めていること。

 彼らの挙げる、核燃サイクルをやる理由は、資源の有効利用にしても、高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減にしても確かなものでないこと。

5.使用済み燃料の処分を国民に要求するばかりで、使用済み燃料の発生を無くしたり抑えることは、端から頭に無いこと。このことが、国民の共感・協力を仰ぐために如何に肝要かを自覚出来ていないこと。

 「核のごみ」処分地が受け入れる"ごみ"は、使用済み燃料を更に再処理した後のゴミである。基本計画の文章は、支離滅裂に次のように述べている。

6.原発の欠点について、一言も触れていないこと。

 欠点1:ひとたび、戦争になれば、核弾頭を抱いてミサイルの標的になるようなもの。核先制不使用の条約締結が求められている折、その抜け道になる。

 欠点2:事故の発生、地震や避難への不備、データ改竄・隠蔽等で、直ぐ止まってしまう不安定供給電源。 

 欠点3:原発は原料発掘から保全廃棄までCO2の発生は少なくない上、冷却に用いた温排水を海に流す、海水温暖化装置。

 欠点4:太陽光発電の変動吸収の幅を狭め邪魔をする原発の硬直性の欠点に対しては、ベースロードという特権を与えている。

 欠点5;原発事故による土地の喪失を、広島、長崎と同じぐらいにしか考えていないこと。

7.原発電気のいわゆる、コストは、電気料金や税金として現世代に公然と請求出来るものの捕捉に過ぎず、自由財・公共財の毀損や、避難するコスト、将来世代が負うコスト、その他、お金の付けようのないコストが含まれていないという認識が全く欠けていること。(そして、一番大事な、晩発性の健康被害)

8.原発のコストに燃料費が入っていないこと。 

 燃料費に代わり、「使用済み燃料」を将来リサイクルする費用の「再処理費用」(「核燃料サイクルコスト」)の中のウラン燃料に計上されている。ーーーコスト等検証委員会 

 燃料を調達(ウラン燃料製造費)し装填されるまでの費用は発電後、「使用済み燃料」という資産に振り返られ費用認識されない。ーーー会計

 これは、4で述べた核燃料サイクルを、やると決めていることと直結している。燃料が国産で供給制約が無く低廉と言っていることと直結している。核燃サイクルが破綻すれば、「使用済み燃料」の資産を取り崩し、費用として全額認識しなくてはならなく、同時に再処理費用が無くなるはずが、再処理費用(会計)の太宗が埋没原価であり、取り消すわけにはいかない。結局、今の原発コストは燃料費の認識を先送りしているだけである。物的には、核燃サイクルが破綻すれば、今、処分場を見つけようとしている「核のごみ」処分が、再処理後の高レベル放射性廃棄物でなく、使用済み燃料そのものの高レベル放射性廃棄物の処分に変わる。

9.東京電力が、東海第二原発電気を火力発電コスト(石油火力26円/kwhぐらい)に近い価格で日本原電から買おうとしている時に、原発のコストは今だに11円/kwh台だと言っていること。

 東海第二原発電気の買取単価を東電は公表しないが、次のような事実が有る。2020年6月の株主総会で、日本原電から東海第二原発の電気を買い取る経済性について、たんぽぽ舎の山崎久隆氏に「買い取る目算は有るのか」と質問され、「日本原電が提示した買取単価より高いコスト単価の電源が、置き換わる自社の火力発電の中にまだ有る。」 と答えた。 

 NPO法人原子力資料情報室「東海第二原発の再稼働は電力消費者に資するか」(2020.2 松久保肇氏著)に依ると22.7円/kwh。

 東京電力が太陽光電気を買い取る価格は、4円から8円/kwhで、これと固定買取価格の差が再エネ賦課金になる。それでも、東海第二原発電気を買うと言うなら20円/kwh近い再エネ賦課金を国民に返還しなくてはならない。大手電力会社はこの賦課金の利得を原発維持に使う。    

10.太陽光発電の固定買取価格が、12円/lwh(2021年認定の10kw以上設備)と電気料金の半分以下になっても尚、再エネ賦課金が発生すること。

 消費地で生産され、謂わば、産した所ですぐ使える太陽光電気を、わざわざ一極集中発電所の大手電力会社に、回避可能費用で買い取らせているから。回避可能費用は、卸市場価格に連動して4円から8円/kwhの間で推移。(注)昨年12月、1月の卸市場価格の高騰は、原発必要論を醸成するため、賦課金を減らしても、JERAが2010年に全ての石油火力を廃止して仕組んだ一時のもの。この後、政府は流石にやり過ぎと思ったのか姉ヶ崎火力を復活し、石油火力廃止は認可制になった。

11. 住宅用や地上設置の太陽光発電所から電気自動車に直接に給電するという、促進する両者のシナジーを追求していないこと。

 (注)シナジーの効果:太陽光発電所の発電量の多い時に給電し、雨天や夜に放電のみする、否応無いが負担の無い「ディマンドレスポンス」が、全国の電気自動車が大きな蓄電池となることで仕組まれる。同時に、電気自動車の動力が「放射能」や「CO2」から完全に無縁になる。需要家が電気を受け取りに行くので、送電が不要になる。電気自動車が災害停電時に太陽光発電所から被災地に電気を持ち届けられる。再エネ賦課金が完全に無くなる。

 大手電力会社は太陽光電気を買い取り再エネ賦課金を貰い続け、それを原資に原発を維持し、再稼働の暁には夜、駐車中の電気自動車に夜、余る電気を売りたい。しかし、こうして、発電中の太陽光発電を直接、電気自動車に給電すれば、再エネ賦課金は無く、電気自動車の動力が、CO2だけでなく、放射能からも無縁になる。また、トヨタは電力の系統からの供給体制を崩したくない。

12.住宅を始め施設、ビル、駐車場に空きスペースがいっぱい有るのに、太陽光発電の適地不足を声高に言うこと。

13.ALPS処理水(正しくは事故汚染水)について、「関係者の理解無しには処理水を処分しない」との県漁連との約束が有るにも拘らず、計画案の「福島事故後10年の歩み」の項で平然と、海洋放出を行うと言っていること。

 これは、4項に述べた、核燃料サイクルをやると決めていることと直結している。燃料デブリに触れた福島の事故汚染水も、「六ケ所再処理施設」で被覆菅を破り再処理に使われる水も、核燃料に直に触れた水はトリチウムを大量に含む。稼働すれば、「六ケ所再処理施設」は、毎年、福島事故汚染水の四倍ものトリチウムを含む水を、普通に海に流す。福島事故汚染水を海に流してはいけないということになれば、「六ヶ所再処理施設」は稼働出来ないということになる。

14.安全神話は、国民がエネルギーを「自分ごと」として捉えておらず、知識・理解不足だったからと、今後は、国民の理解を深めるコミュニケーションを充実させ、国民の原発に対する不安感、政府と事業者に対する不信感・反発を除くと計画をしていること。

 安全でないと分かった原発を尚、進めようとする人々が、国民の原発に対る恐怖を緩和するために何をどうコミュニケーションするかは、原発安全神話に代わり放射能安全神話の流布か或いは原発の防護層が何重にも有るからよく知って事故を覚悟して逃げる練習をしろと言うしかないではないか。


2021年3月9日火曜日

原発のDNA

原発は危険なので、

特に狭くて地震国の日本では

立地するために

絶対安全と言う他なかった。

言った手前、

安全対策は不要になった。

金縛りのように安全対策が打てなくなった。

危険なものを人倫に背いて敢えて入れる時の必然。

それが安全神話。

過酷事故が起こった後、初めて安全対策を打っている。

それが安全神話の必然。

絶対安全と言った人が

神話を一番信じた。

恐怖と責任を忘れるために神話を信じるほかなかった。

ミイラ取りがミイラになった。

自分たちの安全作業さえおろそかになった。

原発が危険だけではない。

それを扱う人間固有の弱さがもっと危険。

これが、原発の危険の本質。

どこまでいっても、拭い去れない。





2020年10月26日月曜日

おかしくはないか、太陽光電気が10円/kwhになってもなお、賦課金を払わなければならないことを。かたや、原発電気はその2倍もの価格で普通に買い取られることを。東海第二原発電気の買取単価と太陽光電気の回避可能費用は何故、違う。再エネ賦課金が原発継続のために流用されている。 太陽光発電は原発を完全に代替出来るほど安い。太陽光発電を振興する施策、実は全て原発延命のため。。

 東電は昨年6月25日の株主総会で、日本原電から東海第二原発の電気を買い取る経済性について、たんぽぽ舎の山崎久隆氏に「買い取る目算は有るのか」と質問され、「日本原電が提示した買取単価より高いコスト単価の電源が、置き換わる自社の火力発電の中にまだ有る。」 と答えた。 

 東海第二原発よりも高い火力の電源が自社に有り、それに置き換えて損は無いから買う。 財務的にも支配力的にも東電の一原発に違いない日本原電の原発を再稼働するというわけだ。 

 (動画1) たんぽぽ舎 山崎久隆氏の東電株主総会の報告「六ヶ所村再処理工場〜新規制基準ー審査書案ーでは何が問題か(2020.7.4)」中の 2:18:23から2:26:57の間  

 

 火力の中で一番高い原油火力の一般的コストを推算すると、2020年、kwh当たり24円( 2015年の発電コスト等検証ワーキンググループの原油火力コスト37円/kwhの内、6割を占める燃料費の原油が100$/blから40$/blへ低下したことから推定した)。  
 東海第二原発電気の買取単価は、東電は公表しないが、NPO法人原子力資料情報室の松久保肇氏に依るとkwh当たり22.7円(福島事故で止まってからの維持費を補填するため、東電が8年間に払った基本料金は2022年12月稼働後の電力料金の前払いに他ならないことから含める) 
 しかし、大手電力会社が、固定価格買取制度の下で太陽光電気を買い取る時の買取り単価は、2020年度、kwh当たり5.4円である。
(参考文献1)NPO法人原子力資料情報室「東海第二原発の再稼働は電力消費者に資するか」(2020.2)  
 太陽光電気は、電源設備コストをかける必要と価値が有るから作る。そのコストは「固定買取価格」と同じ。そのコスト単価が大手電力会社に買われる価格より高いから、その差が賦課金で補填される。その買われる価格が「回避可能費用」(単価)。
 東海第二原発電気は、福島事故で止まった後、次のコストをかける必要と価値が有ると言い作る。東電の資金支援金が使われる追加安全対策工事費(単価相当6.8円/kwh)、福島事故後の未稼働中にも収受する電力料金(3.5/kwh)、福島事故賠償の一般負担金(0.7/kwh)の三つのコスト。買われる価格は、残りの稼働可能年数16年で、これらを、回収できる単価を事故前の料金11.7円/kwhに上乗せした単価(事故前の料金は既に償却が済んだ2005年度から2010年度の平均)。  
 今、太陽光発電の産業用低圧50kw以下の「固定買取価格」は12円/kwh。太陽光電気のコストが東海第二原発電気(22.7円/kwh)のほぼ半分に下がっても尚、このコストを払うために東電は国民から6円/kwhほども賦課金を徴収している時に、原発電気なら2倍ものコスト通り払って、原油火力より安いから買い取ると言う。
 太陽光電気の 「回避可能費用」は、太陽光電気を買い取り入れることにより本来、予定されていた発電を取り止めることにより支出を回避し免れる費用。「回避」とは、東海第二原発電気が「置き換える」ことと全く同意である。この回避可能費用の算定基準は、従来は全電源平均可変費や火力平均可変費の原価ベースだっやが、2016年4月の電力全面自由化に合わせ、河野太郎氏も異議を呈した通り、市場価格連動(卸市場価格)に変わった。太陽光電気は変動電源なので、一番高い限界的電源の火力発電の可変費を回避しているから、また、新電力が卸市場から調達する時の価格であり整合するという理由だった。改訂の当時、市場価格が従来基準の原価ベースより高めに推移していたこともあった。しかし、日本卸電力取引所の月平均価格は、固定買取価格制度が始まった2012年以来、いずれの年も、原油火力の可変費にも達することなく推移し終始した。卸市場価格は電気が余る中では限界的電源の原油火力の可変費を越えないのが常態だと分かる。卸市場価格を昨年末から年初にかけて起きた価格急騰のようなことを無くして、玉の出し手の大手電力会社は低く抑え保つことも出来る。太陽光電気が市場に余らされ自らの価格を侵蝕することもある。尚、新電力の調達コストは市場価格によりただ低くなれば良いが、そうではなくて託送料に大きく左右される。 
 (参考文献2) 河野太郎氏著 河野太郎公式サイト「ぼったくりを無くせ」(2014) 
 回避可能費用はどう見るべきだろう。太陽光電気が何を回避してきたか。福島事故以来、原発の廃炉や停止を火力発電と共に埋め合わせ、原油火力可変費というよりも、原発を置き換えてきたのではないか。原発が算定基準に反映されたと考えられるのは、当初2年間の全電源の平均の中の一部、しかも可変費だけという僅かに過ぎない。使用済み燃料を資産計上する原発の可変費は安い。また、固定費と可変費を合わせた総コスト は10.1円/hwhと言われてきた。「回避可能費用」は、正に東海第二原発電気の買取価格22.7円/kwhであり、少なくとも、福島事故停止後の未稼働中の料金は除いた、15.9円/kwhに減価償却を含めたものである。 
 東電は賦課金を不正に貰い過ぎていた。国民から余計に貰った賦課金の総額を、東海第二原発電気の買取価格15.9円に減価償却を加えたものを回避可能費用とし、適用された回避可能費用との差 
東電に聞いても教えてくれなかったが、各年の太陽光電気買取量について算出すると総額1.3兆円。因みに、固定価格買取制度が始まった2012年から8年間の東電の太陽光電気の累積買取量は1000億kwhに対し東海第二原発電気の年間発電量は62億kwh。 因みに、この賦課金総額の内、原油火力可変費を回避可能価格が下回る部分は 千億円。 

一番高い電源でなく原発に、置き換え対象を変更 

原発置き換えの太陽光 に対し ましてや、それより高い東海第二原発電気を入れる とんでもない 10.1円tぴってきた。

 何に使われたか。隠された資金は、何時も、隠したい或いは不適切な原価や支出に充当される。原発電気はkwhあたり10.1円しか掛からないと、兼ねてから言ってきた東電は東海第二原発電気を愈愈、買い取る段になって、その、かけ離れて高い価格を公表しない。原発の総括原価方式下の今の経理にはキャッシュか費用かの区別は重要ではない。賦課金を余計に貰った資金は、原発の再稼働に備えて待つ支出や費用に充当された。管内の太陽光電気の買取りを殆ど独占し、東海第二原発のように金を掛けた原発電気を、買わなくても作る他の大手電力会社も東電と同様である。福島事故の直後、原発に代わるエネルギーの普及のためならやむなしと国民が負担を受け容れた再エネ賦課金の相当な部分が、太陽光発電の普及促進でなく原発の継続のために流用されている。賦課金のこうした間違いを改めることは、単に電気料金に振り替わるだけではない。太陽光発電は格段に安いことが正当に認知評価されると同時に、原発は隠されたコストがあぶり出される。賦課金が原発へ流用された上、今、原発コスト22.7円/kwhで再稼働されようとしている。  

 

 再エネ賦課金は、国民が福島事故で、只、事故で止まった原発の電気を補うだけでなく、このまま原発をやめられるならと、その負担を受け容れた。「固定買取価格マイナス回避可能費用イコール賦課金」の固定買取価格が高かったのは当初2、3年だけで、回避可能費用が安いから賦課金が高い。回避可能費用に対して、特に新電力ができるまでは、総括原価方式の中で賦課金は電気料金との振り替わりという諦めの気持ちもあった。それでも、原発の再稼働さえしなければ、させないという気持ちもあった。しかし、国民の原発代替の願いを託した、原発再稼働に備えた維持費に流用した上、原発を代替してきた賦課金を無いものかの如く東海第二原発を再稼働しようとする。原発に流用された上、今頃、27.2円/kwhと白状する。国民は踏んだりを蹴ったりである。原油火力より安いコスト単価を突きつけられ、再稼働すると言われれば話は違う。ならば、回避可能費用は正に東海第二原発電気の買取価格22.7円/kwhで、回避を行使せざるを得ない。そうすれば、賦課金は無いばかりか、固定買取価格12円/kwhを超える10円/kwhほどの賦課金が国民に返還される。今から振り返れば、福島事故後、原発が再稼働している時に回避可能費用を原発コストにすべきだった。ただし、10.1円でなく真のコストに。原発のコストは分からない。「回避可能費用」も分からない。原発が回避される結果なら、それでよしだった。東電は国民の気持ちに漬け込見続けたが、馬脚を露わした今こそ。  

 

 

 


原発に流用した賦課金でもって太陽光発電は高いという

FIPで流用される賦課金の延命を図る。FIPとは市場連動を一年単位から月単位への変更に過ぎない。流用を市場が隠す。

太陽光潰しのようなこと、いや、潰しが、原発を生かすために行われている。

原発は変動電源の再エネ導入の邪魔をする。 
 (動画2) 総合資源エネルギー調査会基本政策分科会第30回(2020年8月26日) 松村敏弘委員の意見 12分0秒から20分3秒の間
 第6次エネルギー基本計画の策定の初回会合における松村委員の意見からも分かるように、エネルギー基本計画は太陽光発電は賦課金の負担が大きいからコスト高とする。今後も、太陽光発電が増えると賦課金負担が増えると言う。しかし、これは完全な間違いである。付加金のコストは埋没原価であり。今後の太陽光電気には一切関係無い。それよりも、「固定買取価格マイナス回避可能費用イコール賦課金」の、賦課金が増えるのは回避可能費用が不当に低いからである。固定買取価格が現に12円/kwhと電気料金や原油火力の半分以下になっても、賦課金が何故要るのかをおかしいと思うべきである。固定買取価格が高過ぎたのはFIT導入当初2,3年だけである。その後は、その時々の太陽光発電コストとしては、固定買取価格と一致するものである。本当の「回避可能費用」を固定買取価格が下回ったある時点から、太陽光電気をコスト通り買って、太陽光発電がいくら増えても賦課金が増えることはない。 負の賦課金、即ち戻してもらう賦課金さえ発生している。 太陽光発電は原発を完全に代替出来るほど安い。太陽光パネルは韓国や中国製品を買えば良い。20年ではない。40年間自分のものである。
 太陽光発電の電気を、一旦連系線に繋ぎ込むと、系統全体の同時同量、周波数維持のルールに従う必要が生じる。それが、即、地産地消の電気をわざわざ離れた一極集中発電所に渡し、そこで他の電源と十把一絡げに扱われ、賦課金を生じることと、送り返して貰い託送料が掛かることと根は一つである。これに乗じて賦課金で原発の便宜を図る資源エネルギー庁は流石に後ろめたいのか、今頃、盛んに自家消費を薦める。太陽光が発電した場所で本来固有の価値を生かして使うことである。送電容量も使わなくていい。必要なら最低限の末端の配電網を解放して貰ってもいい。太陽光電気のこうした試みや生かし方を新電力と自治体に委ね任せるべきである。太陽光を広める眼目は、電気自動車へ太陽光発電所から直接の給電と、太陽光発電の設置場所を工夫し、敵地を拡大する二つでわる。全国の電気自動車が大きな蓄電池になり太陽光発電の変動性の難が解決する。太陽光発電の適地不足はゴルフ場を、放っておいて嘘である。まだまだ、工夫をすれば、いっぱい敵地は有る。日本の各家庭が、屋根上に太陽光発電と電気自動車とエコキュートのセットを持てば、簡単にエネルギー事情が変えられる。太陽光発電量に応じて給電し、雨天や夜には給電しないのでデマンドレスポンスが完璧になる。航続距離は少ないが、老齢化社会に合わせて鉄道を利用すればいい。燃費はガソリン車の10分の一。将来は商業輸送用には交換式バッテリー或いは、充電不要な屋根搭載太陽光パネル車も間近である。電気自動車の走行中だけでなく、その動力獲得においても原発電気を使わないCO2削減効果が完璧になる。原発電気を使うからと電気自動車に反対してはいけない。その普及と太陽光発電とのシナジー効果を追求することが、原発電気を駆逐する強力な方法になる。災害、非常時或いは戦時に一極集中発電所からの送電が途絶えても、太陽光電気を、分散したその場で使えまた、移動し持ち届けられる。 
 原発無しでやるには、太陽光発電の格段の導入拡大が必須である。それが出来るのも太陽光発電だけである。だから、政府と電力会社は原発の便宜のため太陽光発電の普及を妨害する。再エネの2030年の目標電源比率22%の半分近くは、福島事故以前に既に在り、しかも原発と調整電源として利益相反する揚水発電も含む水力であり、いまだ、太陽光発電は7%にも達しない。風力は1%以下である。工夫すれば地方と共生しながら設備設置の適地はいっぱい有る。駐車場、倉庫、営農型、鉄筋コンクリート建造物の壁面や屋上、まだパネルの付いていない一戸建ての屋根もいっぱい有る。ましてや、屋根や壁の代わりにもなりうる。エネルギー基本計画は「S+3E」の各項目の評価を、原発については真反対に間違えている。 安全性Sは、安全とは言わないで、適合基準に合っているかどうかを見ているだけと言っている原子力規制委員会に安全を丸投げしている論理破綻を臆面もなくしている通りである。安定供給性のEは、国民に支持されていないこと、事故や差し止め判決がいつあってもおかしくない、一つで全てが止まることは不安定の最たるものである。資源エネルギー庁は太陽光発電の適地不足を論うが、原発が周り一帯に人が住めないこと、一旦、事故を起こせば土地の喪失さえ起こることは言わない。経済性のEは
 
 太陽光発電は戦争しなくていい電源である。太陽光発電と風力発電は有り余る自由財を原料とし確立し脚下に在る技術である。外に求める必要の無い自給自足のエネルギーである。確立していない技術を総花的に、多様化を追う必要は無い。水素は電化の叶わないエネルギーの脱炭素において功を奏すもので、原子力発電を代替する効果においては太陽光発電に遠く及ばない。グリーン水素は再エネ変動電源の蓄電池としての意味以上のものでは無い。また、依然、原料を外に求めなければならない。原発は一旦、攻撃対象になれば脆弱だ。原発運転が電気の生産よりも「再処理」が目的かの如く、原発が、「再処理」の原料を生産する上、「再処理」の産出物のプルトニウム消化のMOX運転を担う。全てリスクの倒錯だ。原発代替を目指し、太陽光発電に投資を絞り、どこまで出来るか確かめなければならない。2050年の脱カーボンは脱原発とのセットでなくてはならない。どちらか一つなら、脱原発でなければならない。そうでなれれば、放射能よりもCO2を怖がるという、脅威の軽重の判断と防御の優先順位の分別 における倒錯である。